情 報 |
- 加組の楽隊。左から4人目のクラリネットを持つのが真野嘉一氏。
- 加組の楽隊は明治38(1905)年日露戦争の凱旋兵を迎えるため計画され、太鼓、ラッパ等道具を購入し、八王子から指導者を招き、宝泉寺のえんま堂を借り練習し、にぎやかに凱旋兵を迎えたという。中略 支那事変から太平洋戦争と続いた頃は毎日のように出征する兵を送った。(『聞き書き日野の昭和史を綴る』により)
- 「太鼓・クラリネット・トランペット等で、加組町内で出征する家から出発し、八坂神社で武運長久を祈願、日野駅まで楽隊を先頭に町内全員で見送った。また、青年団の運動会や立川・青梅方面の商店の開店祝いに呼ばれてご祝儀を貰い、よい小遣いになった。昭和19年頃になると青年たちが兵隊にいっていなくなり、小学校高等科の生徒が練習した。やがて戦争が激しくなり消滅した」(『北原村ととんがらし地蔵尊』松本保記)
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